先日、渋谷駅で電車が止まってしまったので、車中では手持ち無沙汰で、iphoneでtwitterをいじってみた。
iphoneとtwitterはとても親和性が高い。位置情報を利用すれば今いるエリア付近の”つぶやき”を、一瞬にして閲覧することだってできる。このときも、同じ車中で(あろう)twitterユーザーから、”電車止まって車内暑すぎ” ”電車まったく動きません”といったつぶやきが、刻々とアップされ続けていて、不思議な親近感を覚えてしまう。
twitterはとても便利なツールだと思うのだけど、まだまだ理解されてないことが多くて、日本で市民権を得るまでには至っていない。それなりにネットに身をおく友人でさえ、”何が楽しいの?” ”SNSと一緒でしょ” という反応が結構ある。
twitterはLEGOブロックのよう
twitterは、LEGOブロックの遊び方に似ている。140文字という制限で表現する”つぶやき”は、まるで異なる大きさ・形・色があるLEGOブロックのようだし、共通する塊(#ハッシュというタグのような機能)ですくい取ることで、情報として意味を持つようになる仕組みは、取捨選択したブロックで独創的な形を組み立てるLEGOブロックの遊び方のようだ。また、”つぶやき” ”ブロック”ともに、それぞれ単体ではあまり意味を持たない(価値がない)とう点も似ている。
twitterは一人遊びが前提
SNSには日記を書くというコア機能があるが、ユーザーは友人関係のダイアグラムを築くことが目的であって、日記を書くという行為そのものは、ダイアグラム構築の手段の一つと捕らえている場合が多いと思う。だからSNSというサービスが求められているものは、あくまで双方向であって、コミュニティーであって、おそらく今後もその前提は崩れないと思われる。
一方、twitterは、”つぶやき”というブロックを好きなように組み立てることが目的であって、そのセンスがtwitterの価値になる。ダイレクトメッセージや@○○○といったコミュニティー的機能も搭載しているけど、ダイレクトメッセージはtwitterの付加サービスに過ぎないし、@○○○はそれ自身が新しいブロックに生まれ変わる設計になっている。
twitterはあくまで一人遊びを前提としたサービスであって、繰り返しになるけど、一方通行でも十分に楽しむための組み立てのセンスが大切になる。だからコミュニティー要素はその補助的機能に留まってメインではないところが、SNSとは大きく使い勝手が違う点なのだと思う。
源泉かけ流しのtwitter
スタティックな情報を提供することで一大メディアになったYahoo!に対して、インターネットは検索機能が命であることにいち早く気づいたGoogle。しかし、twitterの言葉を借りるなら、Googleは古い情報を探し出す仕組みに過ぎず、フレッシュな情報を探し出すことができる唯一のサービスがtwitterなのだと言っている。
温泉に喩えるなら、配送して給湯しているのがYahoo!、湯を回収して再利用する循環式がGoogle、源泉の湯だけを利用して、あふれるままに使い捨てる「源泉かけ流し」がtwitterなのかもしれない。
#個人的にはYahoo!は好きだし、Googleのサービスもたくさん愛用してます。。。
